真田丸ツアー・群馬編(その1)~「名胡桃城址」
上田に行った時の記事でも、ちょこっと述べましたが。。。
…大河ドラマ「真田丸」が大好きで、毎週欠かさず観ている私。
そんな私と同じ「レキジョ(歴史女子)」の友人と。
付き添って(付き合って?)くれた、センパイ(先輩)との3人で。
6月末のある日。
群馬の「『真田丸』ツアー」に行ってきました♪
(まだ6月の話を書いてます。今は7月も後半なのに…スミマセンっ☆)
「真田丸」の舞台と言えば、信州(長野)の上田。でも、群馬の北部~沼田を含む吾妻・利根地域一帯も、真田氏と深く関わっていて。
ドラマでも頻繁に、群馬の地名や城跡の名が登場します(^^)
そんな、群馬での真田氏ゆかりの地を訪ねる旅。
まずは、みなかみ町(旧:月夜野町)の「名胡桃城址(なぐるみじょうし)」に行きました。
「名胡桃城」は真田昌幸(信繁(幸村)のお父さん)が沼田城攻略の足がかりに築いた山城です。
小さな城ですが、日本の歴史を動かした重要な城でもあります。
領地争いが絶えなかった利根吾妻地域。
しかし、豊臣秀吉の裁定によって、名胡桃城を含む3分の1は真田氏、沼田城を含む3分の2は北条氏の領土と決められました。
しかし、直後に北条氏の家臣が、名胡桃城を攻め落としてしまいまして。。。
この名胡桃城攻略に怒った秀吉が、北条氏を攻め滅ぼし(いわゆる「小田原攻め」)。
天下統一を成し遂げた、と云われています。
つまり「名胡桃城」は、秀吉の天下統一のきっかけとなった城。。。
…という訳、なんですねo(^▽^)o
名胡桃城の構造ついてですが、主要な廓(くるわ。城の囲い及びその内側の部分)が直線に並ぶ「連郭式(れんかくしき)」となっています。
各廓は堀切でそれぞれ分断され、急崖や石積みの土塁、柵、櫓(やぐら)で包囲。
木橋がなければ、各廓には渡れない構造となっています。
写真(↑)は二廓(にのくるわ。「二の丸」とほぼ同じ意味です)を、三廊(さんのくるわ=「三の丸」)側の見学台から見たところ。
その奥には本廓(ほんくるわ=「本丸」)があります。
本廓。
本廓の奥にはもう一つ、ささ廓(くるわ)という大きな廓が。
本廓が背後からむき出しにならないように、と作られた「ささ廓」。
その先を進むと。。。
…現れたのは、棚引く雲と山々と。
眼下に広がる麓の景色。
…そして、小さな石の社と、六文銭。
その雄大ながらも、物寂しさ漂う光景に。
当時の場景に、思いを馳せた…のでありました(^-^)
…なお、名胡桃城址には、他にも喰(くい)違いの構造をした虎口(こぐち。出入口)など。
戦国の山城としての工夫が、数多く見られます。
城の歴史も含めて、資料文献が案内所にありますので。
併せて見ると一層、面白いと思います(^-^)/
名胡桃城址
利根郡みなかみ町下津3462-2
TEL/FAX:0278-62-0793
(いずれも城址案内所)
※問い合わせは「みなかみ町観光協会(TEL:0278-62-0401)」へ。
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コメント
こんばんは
真田丸ツアーが始まりましたね。
私が行ったのは5月でしたが、6月になると緑も濃くなって紫陽花の季節ですね。
なつかしく見せてもらいました。
記事で知って ピッチェリアデラチッタ に行ってきました。
店内はイタリアのたくさんの写真や本と、ピッツァの解説もあって、
中でも大衆食として、ナポリのピッツァ文化を、
日本のラーメン文化になぞらえていておもしろかったですね。
ちょっと焦げた感じが香ばしくておいしかったです。
これからの真田丸とともに、今までのお店の方も楽しみに見ていきます(笑)。
投稿: ふさじろう | 2016年7月19日 (火) 18時01分
◆ふさじろうさん
いつも見ていただき、ありがとうございます!
ようやく(笑)「真田丸ツアー」が始まりました。
紫陽花はこの後に行った「真田氏ゆかりの地」でも見ることができて。。。
とれもキレイでした(^-^)
利根吾妻の風景にも、とてもよく合っていた気がします。
デラチッタさん、行かれたのですね!
本場ナポリのピッツァのこと、日本のラーメン文化になぞらえているとは。
全然知らなかったです☆
何しろ友達と会って話すのに夢中だったので…(笑)
今度行った時、ぜひチェックしてみますね!
投稿: つぶ | 2016年7月19日 (火) 21時12分